【リディア王国】 世界初の貨幣発明!社会や国家を進歩させた王国

リディア王国のコインの歴史

皆さん、コインはいつ、どこで誕生したか知っていますか?
おそらく、高校時代に世界史の授業において、
「世界で最初のコイン(貴金属によるコイン状の貨幣)の誕生は、紀元前7世紀末、小アジアで発生したリディア王国(現在のトルコ西部)」と学んだ覚えがある方もいらっしゃると思います。

しかし今一度、誤認をしてほしくない事があります。それは、リディア王国でコイン(貨幣)が誕生する以前の人々の認識の中にも、モノの売り買いで“通貨”を使う意識はあったということです。
例えば古代メソポタミア、エジプトでは、銀や銅を用い、中国の殷王朝では、貝殻を用いて(貝貨)、通貨の代わりにしていたと言われています。とはいえ、いずれの王国・王朝で使用された“通貨”は、コイン状ではなく、重量換算によって、モノの価値が設定されていました。

一方で、リディア王国のコインは、金と銀の自然合金で形成されており、形状は凸凹でしたが、重さが均一になったため、モノの価値の設定が楽となり、取引の際、コインの枚数を数えるだけで良くなるという、利便性をもたらしました。利便性をもつ鋳造貨幣が誕生するやいなや、瞬く間に地中海一帯に広がったのです。

Q、そもそも“リディア王国”とは?

前7世紀~前546年の四王国分立時代の小アジア(現在のトルコ西部)にあったインド=ヨーロッパ語族系統の王国のこと。“リュディア”とも表記される場合もあります。都はサルデス。前612年にアッシリア帝国滅亡した後の四王国分立時代の一つで、商工業が発達し、前7世紀に世界で最初の貨幣を使用したことで知られています。リディア王国はイオニア地方にも隣接し、ギリシャ文化にも大きな影響を及ぼしました。しかし、東方のイラン高原に起こったアケメネス朝ペルシアに次第に圧迫され、前546年にペルシアのキュロス2世によって滅ぼされています。

リディア王国

リディア王国の貨幣発明

リディア王国は、コイン状の鋳造貨幣の発明で有名です。まず貨幣の素材はすべて“エレクトロン(金と銀の自然合金)”でしたが、次第に金・銀それぞれの貨幣が鋳造するようになっていきました。コインの表面は、動物などの色々な模様が打ち込まれ、裏面には“インキューズ(表面に浮き彫りにされた意匠が、そのまま裏面に凹んで打刻されているもの)”と言われる刻印が打ち込まれています。

この王国は、元々、農業国として成立し、強大な王権の下で貴族たちが大土地を所有し、隷属民・奴隷が耕作に従事していました。それに鉱産、さらに商工業が加わって隆盛を招いたと考えられています。また、海岸のイオニア諸都市の繁栄もリディアとの交易がなくては成立しなかったとさえ考えられています。したがって、ここにはめざましい交易があり、貨幣発生の素地があったのです。

特に、最大の繁栄を享受したのはリディア王国・クロイソス王の時代であり、彼は莫大な富を得るとともに、通貨体系や通貨制度も発明/整備したとされています。金と銀の交換レートは金1gにつき銀13.3gで、金1gはエレクトラム10gに相当しました。その繁栄は古代世界の語り草になり、現在、「大金持ち」表す慣用句として「rich as Croesus」または「richer than Croesus」(クロイソスのような富豪)というフレーズが残っているほどです。まさに、ユニバーサルコインの歴史そのものですね。評判が高いはずです。

リディア王国 クロード・ヴィニョン画

クロード・ヴィニョン画
『リディアの農民から貢ぎ物を受けるクロイソス』(1629年)

表面は格闘中のライオンと牛です。ライオンは‘力‘そして牛は肥沃を表しているという説が有力ですが、当時の各地域の国と国との衝突を表しているという一説もあります。また、ライオンはアリュアッテス、牛はクロイソスとその子供を表しているという説も有力です。

遥か昔に発明され、今もこの通貨制度
古代コインは記述より口述にて伝えられてきたため色々な説が飛び交います。
これが古代コインの面白さの一つです。ユニバーサルコインの中でも古代コインは、ロマンを掻き立てると評判です。