【古代ローマ帝国の歴史と評判】未来の予測は、過去を知ることから始まる。

古代ローマ帝国の歴史

現在の混沌とした社会の中で、過去の歴史から学び取れることは多々あります。
ユニバーサルコインも同様ですが、コイン=貨幣学というものは、経済、お金について今までの過去の歴史から学び取れることが多数あります。

その中でも、ユニバーサルコインの評判と歴史を語る上で、「古代ローマ帝国」を中心にその周辺を語ると、様々なことが見えてきます。

「古代ローマ帝国」・・・人類史上、最も豊かで平和であった超大国であり、現代文明の基礎となったと言われています。
元々、イタリア半島の一都市国家だったローマが如何に、どのように繁栄し、何故滅びることとなったのか?
現在も未だ様々な発掘作業と共に様々な学者が解明している中ではありますが、まずは、大まかな歴史変遷を年表にてご覧頂ければと思います。

古代ローマ帝国 歴史

◆繁栄した理由は何だったのか?

何と言っても一つは、「軍事力」でありましょう。

古代ローマ帝国 都市

そして、元々略奪と侵略を繰り返していた時代から、技術力が発達し、その軍事力を維持拡大していくシステム=「規律」が確立されていったこと。また、領土を獲得した際に、力で、武力で侵略することから、その侵略地にローマ帝国都市を築き、街を「統治」していくことになる=ローマ帝国化することによって得られる自由と平和。 町は、現代の都市の基礎ともなり、上下水道を完備し、裁判所や闘技場(コロッセウム)、浴場があったことは映画でも有名な話でありますが、いわゆる「平等」と「平和」な時代に突入=パックス・ロマーナ(ローマの平和) これが、人類史上最も平和で豊かであったと、とも言われるほどです。特にローマ市民は“豊か”という次元を超え、食料は無料、不安のない生活を保障され、更には贅の限りを尽くすという程であったといわれています。

古代ローマ帝国 市民

また、ここで注目したいのはその「財政」です。これらシステム化された政策や都市国家の整備の裏には、財源の確保が必須でありますが、ここに「貨幣」制度と税収制度、そして資源となる鉱山の存在があります。
税収に関しては一説によると「ローマ市民は間接税のみ、非市民は直接税。ただし税率は属州毎に相違する。征服前の税率に準じており、課税対象も収穫、農地面積、資産などばらばら。徴税の責任者は各属州の財務官だが、実際の徴税は徴税請負人という民間業者または都市に委託。税率は固定。ローマ市民には5%の相続税」というものだったそうです。
さらに、古代ローマ帝国では、数々の鉱山を確保し金銀を採掘、各地に設けた造幣所で様々な貨幣を鋳造していきました。そして、この鋳造貨幣の元を辿ると、さらに数百年前の事実が存在します。それが、世界最古の貨幣と呼ばれる「リディア王国のスターテル金貨」と呼ばれるユニバーサルコインであります。その以前にも、地金、地銀での取引はあったものの、貨幣としての形状と重さを統一し始めたのは、このリディア金貨(記事のハイパーリンク埋め込み)だと言われています。ユニバーサルコインの中でも評判のコインです。

さらに、そこから注目したいのは、古代ローマ帝国の約300年前のマケドニア、ギリシャ地方に現れる、マケドニア王の「フィリッポス2世」とその子である「アレキサンダー(記事のハイパーリンク埋め込み)」であります。この頃、まさに鉱山から大量の金銀を採掘し、アレキサンダーが存命している時代に大きさと重さを均一化したコインを大量に発行します。そして、数十年で築き上げたアレキサンダーが征服した広大な領土で扱われるようになります。この莫大な資金があったからこそ、短期間でこれだけの領土を制服する軍事力と統率力となったと言えるでしょう。

古代ローマ帝国アレキサンダーの領土

古代ローマ帝国 領土

アレキサンダーが数十年で拡大した領土

この頃のギリシャ地方での鋳造技術、造幣局、鉱山を活かして、古代ローマ帝国の貨幣も進化を遂げていくことになります。古代ローマ帝国では、これら莫大な資源を元に、圧倒的な「軍事力」と、そのシステムによって超大国へと発展していくことになるのです。

古代ローマ帝国 軍事力

特に、初代アウグストゥス帝の統治から始まり、悪評で有名なネロ帝、五賢帝時代の頃までの後200年頃までの“パックス・ロマーナ”時代は様々な都市国家を築き、人口は最大時に5000万人とも6000万人とも言われ、まさに世界最大の国家となりました。

古代ローマ帝国 ハドリアヌス城壁

その領土は南は北アフリカ、北はイギリス北部まで⇒イギリス北部のハドリアヌス帝の作ったハドリアヌス城壁は今でも観光地として有名ですね。

そして、これら皇帝は圧倒的な国を運営する為に、統治国家からは税金を徴収します。そしてその市民からの支持を得ようと、政治家や皇帝たちはショー(見世物)を開催します。見世物はコロッセウム(闘技場)を中心に開催されました。当初は市民の憩いの場であり活気のある場所でありましたが、見世物は徐々に過激になり、末期には単なる殺し合いの場となっていくのです。“贅沢”という環境下に見る人間の性の変貌を感じてしまいますね。

古代ローマ帝国 徴税請負人

ただし、この税金の徴収がなかなか上手くいかなかったと言われています。徴税請負人=今でいう国税局の人間が賄賂で富を肥やしていったと言われています。
国家が大きくなる傍らで、足元の統制が取れなくなっていく・・・この「賄賂」と国の様相は現代の中国によく似ていると思うのは私だけでしょうか?

◆滅びた理由は何か?
超大国も賄賂という統制がうまく取れないことを含め、市民はあまりにも豊かであり贅を肥やしていた為、富を増やすものと、堕落していくものと、貧富の格差が広がっていくことになります。
また、後200年頃から、強みである軍事力を維持する軍事費を賄うために、貨幣の銀の含有量を少しずつ減らしていくことになります。

貨幣の銀含有量の低下はしだいに度を超していき、、、、、その結果、経済はハイパーインフレともいうべき、インフレ状態に陥り、不安定な状態となっていきます。
貧富の格差から、お金の価値を下げることで、国家財産を増やし、経済を活性化させようとする。これは現在の日本、アメリカをはじめとする先進国の経済情勢に似ていると思いませんか?

そして、後395年ローマ帝国は、内乱を経て東西に分裂、それから100年も経たない内に一時代を終えることとなります。

本来100ページあっても足らない程の内容を抜粋していますので、物足りなさもありますが、2000年前の古代ローマ帝国から学ぶ事はあると感じて頂ければ幸いです。

人類の2000年前の歴史から、これから将来の事を予測しつつ、楽しみながら知識をそして資産をも増やして頂ければ幸いです。